大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9050号 判決 1988年1月21日

原告

江口英彦

被告

佐藤友之

右訴訟代理人弁護士

西垣内堅佑

加城千波

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六一年七月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、別紙記載の謝罪文をB4判の用紙に直筆で作成し、捺印のうえ交付せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、第一東京弁護士会に所属し、肩書地に法律事務所を設けて弁護士業務を遂行している者であり、被告は、フリーライターと称する文筆家である。

2(一)  被告は、訴外株式会社政界往来社発行の月刊誌「政界往来」(昭和六一年六月号の三二頁から四三頁まで)に掲載された『「弁護士は本当に信用できるのか」の徹底調査』と題する記事(以下「本件記事」という。)を執筆し、原告が弁護を担当した無尽蔵殺人事件(東京地方裁判所昭和五七年刑(わ)第三八〇四号、昭和五八年合(わ)第四二号)に言及した。

(二)  本件記事の中には、①「この事件には、悪質な弁護士がなんと二人も介在していたのだつた」(三九頁中段一〇ないし一二行目)、②「江口は毎月五〇万円の弁護料を家族に請求した」(四〇頁下段六、七行目)、③「生活さえおぼつかない家族に、江口は毎月五〇万円請求していたというのだから、あきれるほかはない。笹川の妻は親兄弟、親戚を駆け歩いて金を借り集め、江口に支払つた」(四一頁上段二ないし六行目)、④「江口は……法廷で顔を合わせるまで、久野には会つていなかつたのである」(四一頁中段二二行目ないし下段二行目)、⑤「法廷で尋問するにあたつて事実関係を確認しておく……もつとも初歩的な弁護活動である。江口はそれをやつていなかつたのである。他の証人に対しても、江口は事実関係の確認をしていなかつた」(四一頁下段一二ないし二〇行目)、⑥「金井のことはもちろん江口に伝わつていた。しかし、江口は、やはり彼女が証人として出廷するまで、一度も会つていなかつた」(四二頁上段一ないし四行目)⑦「江口は再鑑定するなど検察側の主張を積極的に崩していこうとはしなかつた」(四二頁中段一〇ないし一二行目)との記載がある。

3  本件記事は、あたかも原告がいわゆる悪徳弁護士であるかのごとき印象を原告の顧客及び一般読者に与えるものであり、原告の弁護士としての名誉、信用を著しく毀損し、業務を妨害する悪質な中傷記事である。

4  被告は、故意又は過失に基づき、本件記事によつて原告の名誉及び信用を毀損し、業務の遂行を妨害したもので、不法行為を構成するところ、これによつて原告が被つた精神的、経済的損害は、金一〇〇〇万円を下らない。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として右金一〇〇〇万円の内金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六一年七月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告に対し、原告の名誉及び信用回復のための措置として、別紙記載の謝罪文をB4判の用紙に直筆で作成し、捺印のうえ交付するよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、フリーライターと称するとの点は否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3及び4の事実は否認する。

本件記事は原告の弁護活動の在り方を正当に批判しただけであつて、原告個人の名誉、信用を損うものではない。

三  抗弁

1  本件記事の公共性及び公共目的

(一) 本件記事は、原告の弁護人としての公的活動についてのものであつて、公共の利害に関する事実であり、被告は、もつぱら公益を図る目的を持つて本件記事を執筆したものである。

被告は、弁護士は本来市民の味方であるとの認識を抱いているが、現実には、弁護士が必ずしも市民の味方とは言い難い実情があるところ、それ故、弁護士は、真に市民の味方として、市民のために行動するようにならなければならないし、そのためには、市民の側から弁護士のあり方や弁護活動をチェックしていかなければならないという市民の立場に立つて言論活動を続けているのであり、本件記事は、前記無尽蔵殺人事件の被告人が有罪判決を受けた理由の一つとして、原告の弁護活動に目を向け、それについて記述したのであつて、原告を非難し、中傷する意図も目的も何ら持ち合わせていなかつたものである。

2  本件記事の真実性

本件記事は、その大綱において真実である。

3  真実と信じたことについての相当な理由

仮に、本件記事の内容に真実性が認められないとしても、次の事実に照らすと、被告が右記事の内容たる事実を真実と信じたことについては相当な理由があつたものである。

(一) 被告が無尽蔵殺人事件の被告人の妻である訴外笹川秋代(以下「秋代」と言う。)に取材した際、同人から、「江口先生から毎月五〇万円もの弁護料を支払わねばならず、本当に大変だつた。江口先生には二百数十万円支払つた。」旨の話を聞いた。同人が虚言を述べる理由はなく、その発言は十分信頼できるものである。

また、被告は、本件記事を執筆する以前には弁護料の領収書を確認しなかつたが、これは、秋代が領収書をしまい忘れたため確認することができなかつたものである。

(二) 無尽蔵殺人事件の公判において訴外久野勇(以下「久野」という。)に対する証人尋問が行われた昭和五九年九月一八日に、早めに傍聴席へ行つていた被告は、原告が久野に対して、「弁護士の江口です」と自己紹介している場面を偶然目撃した。原告が同人に事前に会つていたなら、自己紹介する必要は何ら存しなかつたのである。

また、久野は、右の証人尋問において、かなりあいまいな証言を繰返し、裁判長や検察官から諫められることが何回もあつた。このように、久野は、記憶を整理することなく法廷に臨み、あいまいな証言を繰返すことになつたのであり、このことからも、原告が法廷で尋問するにあたつて事実関係を確認しておくという最も初歩的な弁護活動を欠いていたということがうかがわれる。

さらに、秋代がお手伝いに行つていた先の訴外堅山壽子(以下「堅山」という。)から、秋代が「久野を証人として呼ぶにあたつて、江口先生が全然会いに行つてくれないので困つた。」と言つていたということを聞いた。

(三) 訴外金井美絵(本名林恵美子。以下「金井」という)は、無尽蔵殺人事件において被告人のアリバイを立証する証人であるが、原告は、かかる重要な証人を弁護側の証人として確保しておかなかつたし、被告人の主張を裏付けるべく調査していなかつたものである。

(四) 原告は、無尽蔵殺人事件において殺害現場とされる「無尽蔵」店内で発見されたとする血痕が本当に被害者の血痕であるのかについて、また、梱包死体の投棄に関する鑑定等について捜査当局が提出した証拠を弁論によつて疑義を唱えることはしたが、再鑑定の申立てをするなど新たな証拠によつて積極的に覆そうとしなかつた。

(五) 被告は、本件記事を作成するにあたつて原告に直接取材してはいない。しかしながら、被告が無尽蔵殺人事件の公判のさなかに原告の事務所を訪れ、被告人である訴外笹川龍彦(以下「笹川」という。)の自白調書を見せてほしい旨申入れた際、原告から「笹川本人の了解を得て来い。」と言われたので、被告は笹川の了解を得た上で再度自白調書を見せてほしい旨申入れたが、しばらくして、原告の指示を受けた笹川から「江口先生は、自白調書は見せない方がいいと言うので、この件は断念して下さい。」という連絡があつた。このように、被告は原告の希望する手続きをとつたにも拘らず、原告は、理由を明らかにせず、他人である笹川を介して取材を断つてきたのであることから、被告には原告が到底信頼できる人物とは思えず、情報源としてふさわしくないと判断して取材対象からはずしたのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1及び2の事実は否認する。

2(一)  同3の冒頭の本件記事の内容たる事実を真実と信じたことについては相当な理由があつたとする主張は争う。

同3(一)の事実のうち、被告が領収書を執筆前に確認しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

なお、被告は、本件記事を執筆するにあたつて、久野に対する取材をしていなかつたものである。

(三)  同3(三)の事実は否認する。原告は、昭和五九年一一月一三日の公判期日において、金井を弁護側証人として申請したが、裁判所がこれを採用しなかつたものである。

(四)  同3(四)の事実は否認する。血痕が本当に被害者のものであるのか立証をしなかつたという点については、捜査側の鑑定結果は血痕が被害者の血液型と同型だというにすぎず、これを被害者のものとは断定していないこともあつてのことである。その他、原告は、検証の申請を行つている。

(五)  同3(五)の事実のうち、被告が本件記事を作成するにあたつて原告に取材していないこと、被告から被告人笹川の自白調書の閲覧を申込まれたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告からの自白調書の閲覧の申込みについては、公判廷においてその内容を争つている自白調書を被告のごとき文筆活動に携わる者に対して時期を選ばずに公開することは、弁護活動の障害ひいては被告人の不利益になると判断したため、これを拒否したものである。

そして、原告は被告から右のように笹川の自白調書の閲覧を申込まれたことはあるが、本件記事において取上げられている弁護料の多寡、弁護活動の当否について、原告から取材の申込みを受けたことはない。本件記事の内容は、いずれも原告に対する簡単な取材でその真偽を確認できる事項であるから、これを欠いた被告には、真実であると信じるにつき相当な理由があつたとは言えない。

第三  証拠<省略>

理由

第一請求原因事実1ないし3について

一請求原因1の事実のうち、原告が第一東京弁護士会所属の弁護士であり、被告が文筆家であることは当事者間に争いがない。

二同2の事実、すなわち原告主張の月刊誌に本件記事が掲載されたことについては当事者間に争いがない。

三そこで、同3の事実、すなわち本件記事による原告の名誉及び信用の毀損並びに業務の妨害の有無について検討する。

本件記事が株式会社政界往来社発行の月刊誌「政界往来」に『「弁護士は本当に信用できるのか」の徹底調査』と題して掲載されたこと、本件記事中に原告主張の各記載があることは、当事者間に争いがない。右事実によれば、本件記事の内容は、原告が弁護を担当した刑事事件の依頼者に対する原告の弁護料の請求及び原告の弁護活動の在り方をその対象とするものであつて、『「弁護士は本当に信用できるのか」の徹底調査』と題した上、原告が悪質な弁護士である旨断定していることが認められ、また、右事実及び成立に争いのない甲第一号証によれば、本件記事は、原告の依頼者に対する弁護料の請求について批判し、さらに、「疑問だらけの弁護活動」との見出しの下に原告の弁護活動について種々論じ、最も初歩的な弁護活動を欠いたと断定的に批判していること等が認められ、これらの事実に照らせば、本件記事が原告の弁護士としての社会的評価を低下せしめ、その名誉及び信用を毀損し、また、弁護士としての業務を妨害するものであることは明らかである。

第二抗弁事実について

一<証拠>によれば、本件記事は、刑事事件における弁護士の弁護料の請求及び弁護活動という公共の利害に関するものであり、被告としては、その問題点を指摘するなど公益を図る意思を有していたことが一応認められる。

二そこで、本件記事の真実性の有無について検討する。

1  弁護料の請求について

(一) <証拠>によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1) 原告は、昭和五七年一二月初めころ、弁護士である訴外梶原正雄から、笹川が「無尽蔵」店主殺しの別件である横領で逮捕されているが、自分は弁護できないので引受けてくれないかという話を受け、同月一八日、笹川の妻秋代及び父訴外笹川正与輝(以下「正与輝」という。)に面談し、笹川の弁護を引受けることとして横領事件の着手金五〇万円を受領した。

(2) 笹川は昭和五七年一二月四日、横領で逮捕され、同月二三日、私文書偽造、同行使、詐欺に罪名変更の上起訴されたが、これと相前後して笹川が店主殺しを自白した犯行場所から飛沫血痕が多数発見されたことから、捜査側は笹川の取調べを続行し、昭和五八年一月末には、殺人の嫌疑による笹川の再逮捕は時間の問題となつた。そこで、原告は、同月三一日、秋代に右事情を説明し、同人から改めて右事件についても弁護の依頼を受け、殺人事件の着手金として金五〇万円を受領した。

なお、原告は、同日付けの領収書(乙第八号証の二)には「殺人事件着手金」と記載し、先の昭和五七年一二月一八日付け領収書(乙第八号証の一)を「刑事事件着手金」から「横領事件着手金」と訂正すべきであると考えたが、秋代がこれを所持していなかつたので、昭和五八年一月三一日付け領収書には便宜「公判手数料」と記載した。

(3) 笹川は、昭和五八年二月二八日、殺人で追起訴されたが、その後の度重なる保釈申請も却下され、公判の長期化は避け難い状況となり、笹川の急速な社会復帰は望めなくなつたため、同年四月には妻子が生活保護の申請を行つた。

(4) その後、笹川が弁護料の支払いを気にするようになり、また、裁判所書記官からも国選弁護に改めたらどうかと勧められたため、原告は、笹川と相談して、同年七月一四日に国選弁護に切り替えた。そして、原告が国選弁護に切り替えたので笹川も弁護料のことを心配せずに裁判に専念できるようになつたと秋代に伝えると、秋代ができるだけのお礼はしたいと言つたため、原告は、同年八月九日、私選中に開廷した三回の公判出廷費用として金一〇万円を受領した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 以上の事実によれば、原告が笹川の刑事事件を受任してから国選弁護に切り替えるまでの約七か月間に弁護料として受領したのは、合計金一一〇万円のみであつて、その他に別個弁護料の請求をした事情をうかがうことは全くできないのみならず、その内の金一〇〇万円は秋代が生活保護を申請する数か月も前にすでに受領していたものであるから、被告が主張する「原告が生活さえおぼつかない笹川の家族に毎月五〇万円の弁護料を請求していた」という事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、結局、本件記事中の右事実に関する部分は真実であると認めることはできない。

2  久野証人について

原告が証人として久野を尋問するにあたつて、事前に同人と会い、事実関係を確認しておかなかつたという点について、被告は、<証拠>において、本件訴訟になつてから久野に確認したところ、同人は、「原告は来たことは来たが、裁判の半年くらい前に店を五分くらい覗いて、挨拶をした程度で帰つた」と言つていた旨供述するが、久野が述べたとする供述部分自体、きわめて不自然であつてたやすくこれを措信することができず、また<証拠>をみても、その作成者である堅山は、結局原告が久野に会いに行つたかどうかについて明確に述べてはいないのであつて、これをもつてして被告主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

むしろ、<証拠>によれば、久野は多忙で尋問予定期日も延期されるほどであつたが、ようやく昭和五九年九月一八日に尋問を行うことが決まつたため、原告は、同月一〇日に久野の店舗に訪れ、証人尋問にそなえて約一時間以上にわたつて事実関係の確認等の打合わせを行つたことを認めることができる。

以上の事実によれば、本件記事中の右事実に関する部分は真実であると認めることはできない。

3  金井証人について

前掲甲第二八号証によれば、金井が証人として出廷するまで原告は同人と会つていなかつたことが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、金井は検察側申請の証人として出廷したこと、原告は、その立証趣旨を見て事前に金井に会う必要はないと判断し、また、検察側証人であるために事前に会うべきではないと考えたことを認めることができる。

右の事実によれば、原告が金井に事前に会わなかつたことが、この種事件の弁護活動の在り方として不相当であるということはできないから、証人について事実関係の確認をせず、初歩的な弁護活動を欠いたとする被告の主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、本件記事中の右事実に関する部分は真実であると認めることはできない。

4  再鑑定について

<証拠>によれば、原告は、京浜運河の検証を申請した他は鑑定等を申請することはせず、検察側の鑑定等の結果につき弁論において弾劾するにとどめたことが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、原告は、やみくもに鑑定を申請するのは得策ではなく、申請すべきは弁護側に有利な鑑定結果が出ることを期待しうるものに限るべきであるし、さらに、申請してもおよそ採用されそうもない鑑定申請を何回重ねても意味がないと考え、検察側の鑑定等の結果を考慮したうえで再鑑定等の申請を行わなかつたことを認めることができる。

右の事実によれば、原告が再鑑定等の申請をしなかつたことがこの種事件の弁護活動の在り方として不相当であるということはできず、また、前記認定のとおり、原告は、検証の申請をし、弁論において検察側の鑑定等の証拠について疑義を述べ、その証明力を争つているのであるから、実際に再鑑定等の申請を行つていないというだけで、原告は弁護人として検察側の主張を積極的に崩していこうとしなかつたとする被告の主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、本件記事中の右事実に関する部分は真実であると認めることはできない。

5  以上によれば、本件記事の内容中、少なくともその根幹を占めるというべき右の各事実については、いずれも真実であると認めることはできない。

三次に、本件記事の内容たる事実が真実であると信じるにつき相当な理由があつたといえるかどうかについて検討する。

1 本件記事のように、他人の言動ないし行動に関する一定の事実に批判を加える場合において、その記事内容を真実と信じるにつき相当の理由が認められるか否かは、記事の作成者において記事内容の正確性を担保するために最少限必要かつ可能な取材をしたか否かによつて決せられるものと解されるところ、記事内容がその性質上調査を尽くして真実の把握に慎重を期する余裕を許さない程緊急を要するものでもなく、相手方当事者が調査を拒み、取材を困難ならしめたと認められる特段の事情も存しない場合には、まず、相手方当事者から取材して、真偽を確め、弁解を聞くことを要すると解すべきであり、他方当事者からの取材等のみに基づいて記事を作成した場合には、他に特段の事情が認められない限り、原則としてその記事の内容が真実であると信じるにつき相当の理由があるとはいえないというべきである。

本件においてこれを見るに、まず、本件記事は、無尽蔵殺人事件における特定の弁護士の弁護活動等を批判するというものであつて、一般に迅速性を求められる報道機関による報道と異なり、さして緊急を要するものとは認められず、むしろ綿密な取材、調査による真実の把握こそ求められるものと解することができる。

しかも、本件記事の根幹をなす弁護料の請求及び久野との事前面接についての事実の真偽、また、金井の取扱い及び再鑑定等についての原告の意図については、原告に対する簡単な取材によつて明らかになつたものと解されるところ、<証拠>によれば、原告が進んで資料を提供こそすれ、調査を拒み、取材を困難ならしめたと認めることはできない。

被告が原告自身を直接取材しなかつたことは抗弁3(五)において自認しているとおりであるが、これについては、同項のとおりの事情から、被告は、原告が到底信頼できる人物とは思えず、情報源としてふさわしくないと判断して取材しなかつた旨主張し、<証拠>中にもこれに沿う供述が存する。

しかしながら、被告も自認しているとおり、原告に対して被告が申し入れたのは、無尽蔵殺人事件における笹川の自白調書の閲覧であつて、これは、本件記事の内容をなす弁護料の多寡、弁護活動の当否とは別個の問題であるし、また仮に被告が主張するように被告が右自白調書の閲覧を申入れた際の原告の応対が被告にとつて好ましくないものであつたにしても、<証拠>によれば、被告は本件記事の内容について原告に取材の申入れをしたことすら一度も存しないのであるから、被告の主張のみからは、原告が調査を拒み、取材を困難ならしめたとする特段の事情が存すると解することはできない。

そうしてみると、被告としては、原告自身につき直接取材することが十分できたにもかかわらず、これを欠いたものであつて、他に特段の事情が認められない限り、本件記事の内容を真実と信じるにつき相当の理由があつたとはいえないというべきである。

2 そこで、本件記事の内容を真実と信じるにつき相当の理由があつたといえる特段の事情が存するかについて、本件記事の内容ごとに個別的に検討するに、被告は、本件記事の内容たる事実が真実であると信じるについて相当な理由があつたとして抗弁3(一)ないし(四)の事実を主張し、<証拠>にはこれに沿う供述が存する。

(一) まず、抗弁3(一)の事実について見るに、これに沿う証拠としては他に、<証拠>が存するが、原告が毎月五〇万円の弁護料を請求したことをうかがわせるに足る事情が認められないことは先に認定したとおりであり、さらに<証拠>を総合すれば、無尽蔵殺人事件の第一審の判決後に開かれた笹川君を支援する会の席上において、秋代は、「今度の事件では二〇〇万円くらいはかかつた。」、また、「原告には五〇万円支払わなければならず本当に大変だつた。」旨の発言をしたに止まり、被告が主張するような発言はしなかつたのではないかと考えられ、これに反する前掲各証拠はたやすく採用することはできない。また、確かに「原告には五〇万円支払わねばならず大変だつた。」という秋代の言葉は、「毎月一〇万円のことでしようか。」という秋代の言葉に関連してなされたものと認められるから、かかる話の経緯を考えると、右秋代の言葉を毎月支払つたとの意味に解することもあながち不当であるとは言えないが、他方で、<証拠>によつても、格別被告が秋代の右言葉の真意について重ねて問うなどしているとは認められないのであつて、なお十分な取材をなしたとは言えないと解される。

さらに、被告が本件記事を執筆するにつき、弁護料についての領収書を確認しなかつたことは被告も自認するところであり、しかし、領収書を確認できなかつたのは秋代がこれをしまい忘れたからであると主張する。しかしながら、<証拠>によつても、被告が秋代に対してさほど領収書を探すように求めている事情をうかがうことはできない。

以上の事実をもあわせ考慮すると、被告は、事実関係の確認を十分に行つたとは言い難く、被告が本件記事の内容を真実と信じるについて相当な理由があつたとは認められない。

(二) 抗弁3(二)の事実について見るに、原告が久野に事前に会つて、尋問の打合わせを行つたことは先に認定したとおりであるが、この点に鑑みれば、原告が久野の尋問の日に法廷で同人に自己紹介していたとする被告の供述はたやすく措信することはできないし、証人尋問において久野があいまいな証言を繰返したからといつて、このことから直ちに事前の打合わせがなされていなかつたと解することができないのはいうまでもない。

また、秋代が「原告が久野に会いに行つてくれないので困つた。」と言つていたのを、被告が堅山から聞いたとする点については<証拠>によれば、被告は、結局原告が事前に久野に会つたのかどうかについて、秋代に確認しなかつたことを認めることができる。

さらに、被告本人尋問の結果によれば、被告は、久野にも取材していないことを認めることができる。

以上の事実を考慮すれば、この点においても被告は事実関係の確認を十分に行つたとは言い難く、やはり被告が本件記事の内容を真実であると信じるについて相当な理由があつたとは認められない。

(三) 抗弁3(三)について見るに、被告主張事実は、証人尋問が予定されている金井証人との事前の打合わせを行つたか否かとは別個の問題であり、かかる事実をもつてしても、右の点に関する本件記事の内容が真実であると信じるにつき相当な理由があつたとは言えないものと解される。

(四) 抗弁3(四)について見るに、確かに原告が再鑑定の申請を行つていないことは先に認定したとおりであるが、かかる外形的な事実のみによつては、原告が検察側の主張を積極的に覆そうとはしなかつたとする本件記事の内容が真実であると信じるにつき相当な理由があつたとは言えないものと解される。

以上のとおり、本件記事について個別的に検討してみても、被告が本件記事の内容を真実と信じるにつき特段の事情が存するとは認められない。

3 右1及び2の事実を総合すれば、被告は、いずれの点においても記事内容の正確性を担保するために最少限必要かつ可能な取材を行つたとは到底認められないのであるから、被告において、本件記事の内容が真実であると信じるにつき相当の理由が存すると認めることはできない。

四以上によれば、本件記事が公共性、公益目的を有するとしても、その内容が真実であるとは認められず、かつ、被告がこれを真実であると信じるにつき相当の理由があるとは認められないので、結局、被告の抗弁は理由がない。

第三被告の責任原因

被告において本件記事の内容が弁護士たる原告の弁護活動等に関するものであることを十分に認識し、しかも、本件記事の読者が原告は悪質な弁護士であると感じるであろうことを予測していたことは、被告本人尋問の結果によつて認めることができ、本件記事が原告の名誉及び信用を毀損し、その業務を妨害するものであること、本件記事の内容が真実であると認めることはできず、被告が右内容を真実であると信じるについての相当な理由も存しないことは前記認定のとおりである。

以上によれば、月刊誌に掲載されるものとして本件記事を執筆した被告が、本件記事の作成につき少なくとも過失が存することは明らかであるから、原告に対して、名誉及び信用毀損並びに業務妨害に基づく不法行為責任を負うものといわなければならない。

第四損害

およそ弁護士がその業務を遂行するにあたつては、信用が何にもまして重要であると認められるところ、前記各認定事実及び<証拠>によれば、本件記事が掲載された月刊誌「政界往来」の実売部数は約二万五〇〇〇部であつて、本件記事の内容について心配して原告に連絡をした原告の同業者、依頼者及び知人は少なからず存し、また、本件記事を閲読した同業者らは相当数存在することが認められ、本件記事の月刊誌への掲載によつて原告が多大な精神的損害を被つたことは明らかであるが、他方において、本件記事がそれほど広範囲にわたつて流布されたとは認められず、記事の体裁からみても、本件記事は特定の文筆家による主観的、一方的な記述であつて、読者がこれをそのまま信用するとは考えられないこと、当事者は異なるものの原告と株式会社政界往来社との間では和解が成立しており、これによれば、本件記事中に真実に反する部分が存し、原告の名誉を毀損し、その業務を妨害したことを陳謝する旨の謝罪文が月刊誌「政界往来」に掲載されたことを推認することができ、したがつて、原告の名誉を回復する措置が一応とられていると認められること、また、本件記事が原告に関する部分に限り、その内容において真実に反していたとしても、弁護士の在り方やその活動をチェックしようという公益的な側面をも有していること等に鑑みれば、原告に対する慰謝料としては、金五〇万円と評価するのが相当である。

なお、原告の請求する謝罪文の作成、交付については、右の各事情を考慮すればその必要性及び相当性を欠くものと考えられる。

第五結論

以上の事実によれば、本件記事の執筆及び掲載については被告が不法行為責任を負うべきものであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、金五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六一年七月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の点については、被告において全額を負担させるのが相当であるから民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言については、同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官福田剛久 裁判官土田昭彦)

別紙謝罪文

私が執筆しました「政界往来」六月号掲載の「弁護士は本当に信用できるのか」の徹底調査と題する記事中、貴殿に関する部分は、貴殿に取材することなく作成し、内容においても虚偽にわたるものであり、貴殿の顧客及び一般読者にあたかも貴殿が悪徳弁護士であるかのごとき印象を与え、貴殿の名誉を著しく毀損するとともに、弁護士業務の遂行を妨害しましたことを深くお詫び申し上げますとともに、今後一切かようなご迷惑をお掛けしないことをお約束致します。

昭和六一年  月  日

佐藤友之

弁護士 江口英彦殿

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例